2016年 01月 21日
幸福な結婚生活の秘訣は? 妻に財布を握らせる |
★ 結婚60年を機にブログを再開しましたら、早速、寄せられたコメント。「幸福な結婚生活の秘訣は?」・・・・ またか、と微笑を禁じえませんでした。10年前の金婚時にも浴びせかけられたのが同じ文句のこの質問。その時の私の答えは、「財布を妻が握ること」 今日も、私は、同じ答えでお返事しました。
★ 本当は・・・もう少し、カッコ良く、「信頼ですね」と、言いたいのですが、その”信頼”の証は、なんと言っても「ゼニが一番」ですね。
「コレホンマ。私の名字も【銭本】 ゼニの本家が言うのだから、信じなさい(笑い)
★ 実は、このお笑いモドキの”信念”、談話・・・46歳の時、大学の新米教師になってから、学生達との雑談で、いつも、繰り返してきました。学生だけでなく、若いご夫婦にも口酸っぱく説いてきました。
”円満な家庭作りの基本は妻が財布を握ること”
★ 私の結婚生活に関しては他に自慢することは全くありませんが、
「月給は封を切らずに妻に渡す」
この ことは、結婚後初の月給日であった1956年1月27日から今日まで、1度の例外もなく誠実に実行してきました。ボーナスも勿論、丸ごと、密封のままです。顧みれば、それを60年間、実行しました。年金生活になったいまでも年金は、夫婦合わせた全額が老妻のフトコロに転がり込んでいます。
★ 晩年に自らの人生を振り返るのは老人の常ですが、私は、コト結婚に関しては、かなり早い時期から出会う若者達に言い続けてきました。
「結婚生活で一番、大事なことは、夫婦お互い秘密を持たぬこと」
それを担保する最高の知恵は、妻が財布を握って家計を切り回すことです。
★ 「そんなん・・・? ウソでしょう」
月給の封も切らずに妻に渡す???
信じられない、と、大抵の学生達は、「また、いつものオジン・ギャグだ」と、笑いながらの半信半疑ですが、こんな時、滅多に私を褒めることない妻が、傍らで
「それ、ホンマ。それだけは認めたゲル」
と太鼓判を押します。
★ 私がオカネを持たされていないのは事実。この吉備高原へ来て間もない、25年前の話ですが・・・
病院で診察を終えて帰ろうとしたら、「精算を・・・」
「エッ!? オカネ持ってきていません」 それまで会社の診療所で診てもらってお金など払ったことがありませんでした。医者に行けば、保険で全額診てもらえる、とばかり思っていました。
後から老妻が払いにいったら・・・・
「奥さん、ご主人にオカネ持たせてあげて下さいね」
随分、同情されて、以来、この話、ご近所で有名になりました。
本当のところ、コト、オカネに関しては、私は”皇族並み”です。
★ 私の父は豪快なオトコでした。話せば誰でも魅せられる破天荒なエピソードをいっぱい持っています。しかし、母親の苦労は大変でした。物心ついた頃から、我が父とその交遊を観察した私が得た経験則は、「妻が財布を握る」 それだけで、古今東西変わりなく家族を苦難に連れ込んだ、男の”酒・オンナ・バクチの3悪”を遮断出来る。女性は大丈夫、我が経験則からも、妻になると、絶対にムダ使いはしません。
★ 家庭をカカア天下にしておけば、一家は円満に治まる。オヤジを反面教師として、新婚生活を設計した私の仮説実験でした。そして、今、それは、正しかった、と、自信をもって若い人に勧めます。ついでながら、二人の息子も共にすべて月給袋を妻に渡し、家計のマネジメントを委ねています。我が家の家庭文化の大黒柱になりました。
★ 「勝手に高いパソコン買って払っとけ。収入は全額、渡してある。オレはオカネ、持たしてもらってない」 言うことまでそっくりそのままお父さんと一緒。とは、嫁達が集うと交わすカゲ愚痴ですが、まあ、男もそれなりにやりくりの煩わしさから解放されて、それは、それなりに”目に見えない”大きなメリットもあるのです。まあ、飲み屋のツケなど回ってきた例しがない。妻の側にはより大きな構造的抑止力が働いている。文句も言えません。
★ 人の一生、山あり、谷あり、ですね。結婚生活も、最大の試練は、病気です。この50年、妻は病院のお世話になることは少なかったのですが、私は生死の境を2度、経験しました。最初は40年前、36歳の時。2年半の入院生活で新聞社の給与もストップ、経済的に重大な危機に立たされました。夫は生死の境をさまよい、乳飲み子を抱えての生活苦。いまから思えばゾッとします。が、老妻は、「苦労の思い出が実感としてない」 根っからの楽天家なのですね。これで助かりました。
★ オカネを手にすると、人は、どう反応するか? 一度、非常に面白いことに気づいたことがあります。
我が息子二人が、共に中学生になった頃のことですが、お年玉に1万円づつ大奮発したことがありました。次男は、早速、仲間とデパートに繰り出してショッピング。どんどん楽しんでいます。ところが長男は消費に興味を示さない。そのまま、全額、タンス預金。
★ 「お兄ちゃん、ボウリングへ行かへんか?」 数日、経ってから、次男が長男を誘いました。兄弟仲良く楽しんで、戻ってきました。長男がぼやき始めました。「コイツにしてやられた」 話を聞くと、いざ、競技を、と始める段になって、次男は「オレ、オカネもうない」 仕方なく、代金全部を長男が支払った、と言うのです。
「それは言い掛かりヤデ、お兄ちゃん。オカネの使い方、知らんから、オレ、教えたったんヤンカ。授業料貰いたいぐらいヤ」とは次男の言い分。まあ、中学生のギャグの応酬にハラを抱えて大笑いしました。
★ しかし、1万円が100円に目減りしても「未だ100円ある」と、次の楽しみを追うのか、「もう100円しかない」と悔やみ、それを後生大切にタンス預金するのか。消費生活に見られるネアカ、ネクラの分かれ目です。その目で見ると、我が老妻は、徹底したネアカ人間ですね。あの窮乏生活を切り抜けられたのは妻の「未だ、ある」思考だったと思います。結婚生活には、ネアカ思考も大事ですね。
★ 他人様はともかく、私たち夫妻の結婚生活60年において「財布を妻が握り」続けたことは、非常に良かった、と思います。それに貧乏な時代でも、財布の底に「未だ、これだけある」のネアカ思考。カネは天下の回りモノ、への限りない信頼が心配性を吹き飛ばし、今日までやって来ました。振り返ってみれば、ケ・セラセラ・・・なるようになる、青年時代に流行したシャンソン通りの人生でした。
★ 本当は・・・もう少し、カッコ良く、「信頼ですね」と、言いたいのですが、その”信頼”の証は、なんと言っても「ゼニが一番」ですね。
「コレホンマ。私の名字も【銭本】 ゼニの本家が言うのだから、信じなさい(笑い)
★ 実は、このお笑いモドキの”信念”、談話・・・46歳の時、大学の新米教師になってから、学生達との雑談で、いつも、繰り返してきました。学生だけでなく、若いご夫婦にも口酸っぱく説いてきました。
”円満な家庭作りの基本は妻が財布を握ること”
★ 私の結婚生活に関しては他に自慢することは全くありませんが、
「月給は封を切らずに妻に渡す」
この ことは、結婚後初の月給日であった1956年1月27日から今日まで、1度の例外もなく誠実に実行してきました。ボーナスも勿論、丸ごと、密封のままです。顧みれば、それを60年間、実行しました。年金生活になったいまでも年金は、夫婦合わせた全額が老妻のフトコロに転がり込んでいます。
★ 晩年に自らの人生を振り返るのは老人の常ですが、私は、コト結婚に関しては、かなり早い時期から出会う若者達に言い続けてきました。
「結婚生活で一番、大事なことは、夫婦お互い秘密を持たぬこと」
それを担保する最高の知恵は、妻が財布を握って家計を切り回すことです。
★ 「そんなん・・・? ウソでしょう」
月給の封も切らずに妻に渡す???
信じられない、と、大抵の学生達は、「また、いつものオジン・ギャグだ」と、笑いながらの半信半疑ですが、こんな時、滅多に私を褒めることない妻が、傍らで
「それ、ホンマ。それだけは認めたゲル」
と太鼓判を押します。
★ 私がオカネを持たされていないのは事実。この吉備高原へ来て間もない、25年前の話ですが・・・
病院で診察を終えて帰ろうとしたら、「精算を・・・」
「エッ!? オカネ持ってきていません」 それまで会社の診療所で診てもらってお金など払ったことがありませんでした。医者に行けば、保険で全額診てもらえる、とばかり思っていました。
後から老妻が払いにいったら・・・・
「奥さん、ご主人にオカネ持たせてあげて下さいね」
随分、同情されて、以来、この話、ご近所で有名になりました。
本当のところ、コト、オカネに関しては、私は”皇族並み”です。
★ 私の父は豪快なオトコでした。話せば誰でも魅せられる破天荒なエピソードをいっぱい持っています。しかし、母親の苦労は大変でした。物心ついた頃から、我が父とその交遊を観察した私が得た経験則は、「妻が財布を握る」 それだけで、古今東西変わりなく家族を苦難に連れ込んだ、男の”酒・オンナ・バクチの3悪”を遮断出来る。女性は大丈夫、我が経験則からも、妻になると、絶対にムダ使いはしません。
★ 家庭をカカア天下にしておけば、一家は円満に治まる。オヤジを反面教師として、新婚生活を設計した私の仮説実験でした。そして、今、それは、正しかった、と、自信をもって若い人に勧めます。ついでながら、二人の息子も共にすべて月給袋を妻に渡し、家計のマネジメントを委ねています。我が家の家庭文化の大黒柱になりました。
★ 「勝手に高いパソコン買って払っとけ。収入は全額、渡してある。オレはオカネ、持たしてもらってない」 言うことまでそっくりそのままお父さんと一緒。とは、嫁達が集うと交わすカゲ愚痴ですが、まあ、男もそれなりにやりくりの煩わしさから解放されて、それは、それなりに”目に見えない”大きなメリットもあるのです。まあ、飲み屋のツケなど回ってきた例しがない。妻の側にはより大きな構造的抑止力が働いている。文句も言えません。
★ 人の一生、山あり、谷あり、ですね。結婚生活も、最大の試練は、病気です。この50年、妻は病院のお世話になることは少なかったのですが、私は生死の境を2度、経験しました。最初は40年前、36歳の時。2年半の入院生活で新聞社の給与もストップ、経済的に重大な危機に立たされました。夫は生死の境をさまよい、乳飲み子を抱えての生活苦。いまから思えばゾッとします。が、老妻は、「苦労の思い出が実感としてない」 根っからの楽天家なのですね。これで助かりました。
★ オカネを手にすると、人は、どう反応するか? 一度、非常に面白いことに気づいたことがあります。
我が息子二人が、共に中学生になった頃のことですが、お年玉に1万円づつ大奮発したことがありました。次男は、早速、仲間とデパートに繰り出してショッピング。どんどん楽しんでいます。ところが長男は消費に興味を示さない。そのまま、全額、タンス預金。
★ 「お兄ちゃん、ボウリングへ行かへんか?」 数日、経ってから、次男が長男を誘いました。兄弟仲良く楽しんで、戻ってきました。長男がぼやき始めました。「コイツにしてやられた」 話を聞くと、いざ、競技を、と始める段になって、次男は「オレ、オカネもうない」 仕方なく、代金全部を長男が支払った、と言うのです。
「それは言い掛かりヤデ、お兄ちゃん。オカネの使い方、知らんから、オレ、教えたったんヤンカ。授業料貰いたいぐらいヤ」とは次男の言い分。まあ、中学生のギャグの応酬にハラを抱えて大笑いしました。
★ しかし、1万円が100円に目減りしても「未だ100円ある」と、次の楽しみを追うのか、「もう100円しかない」と悔やみ、それを後生大切にタンス預金するのか。消費生活に見られるネアカ、ネクラの分かれ目です。その目で見ると、我が老妻は、徹底したネアカ人間ですね。あの窮乏生活を切り抜けられたのは妻の「未だ、ある」思考だったと思います。結婚生活には、ネアカ思考も大事ですね。
★ 他人様はともかく、私たち夫妻の結婚生活60年において「財布を妻が握り」続けたことは、非常に良かった、と思います。それに貧乏な時代でも、財布の底に「未だ、これだけある」のネアカ思考。カネは天下の回りモノ、への限りない信頼が心配性を吹き飛ばし、今日までやって来ました。振り返ってみれば、ケ・セラセラ・・・なるようになる、青年時代に流行したシャンソン通りの人生でした。
by zenmz
| 2016-01-21 13:46
| 吉備高原ライフ