2006年 12月 25日
【6354】 「内視鏡パック旅行」記(5)最終 |
==== 変貌遂げた”患者様”の病院 ====
★ 「いい病院ですね。ここは!」
見舞いに訪れた友人や家族の誰もが、医療器機や病室の設備を見て感嘆の声をあげます。岡山市内の北部、山陽自動車道沿いにあるこの病院は「独立行政法人・国立岡山医療センター」 数年前、市内から郊外のこの地に移転・新築されました。確かに患者にとっても「本当にいい病院ですよ。ここは」
退院記念に、この「いい病院」で体験した事を思い起こしながら心に残った事を記録しておきたいと思います。
★ 確かに凄い病院です。T字形の12階建て。内科、外科、産科など22診療科、それに放射線、内視鏡など検査関連4科を併設した総合病院です。我が家から車で僅かに30分。高齢の身には本当にありがたいことです。病室の窓下直下には山陽自動車道が走っているが、騒音はおろか音一つしない静寂さ。病院内は24時間、完全に空調で温度調節されており、豪華なトイレが各病室内にビルトインされていて居住感はホテル並みです。
*************
★ 記憶を入院初日に戻します。
手渡された入院関係資料は、すべて「入院患者様」と呼びかけ、入院後の心得まで「患者様」で”様”がいっぱい。一言一言の呼びかけにこれほど「”様”漬け」が必要か、と思うほど続いています。率直に言って、最初は、かなり違和感を感じました。「患者(様)」とは! 何か、ちょっと、とって付けたような、よそよそしい”慇懃無礼”な感じすらしました。
★ 私は、11年前、65歳の時に腎臓ガンで、岡山市内の別の国立大学病院へ100日間、入院したことがります。
当時は、手渡される文書は「患者は・・・ねばならない」と命令文でした。長い間、「餅は餅屋」の論法で、「患者にどのような医療を施すか」は専ら医師の裁量権に属すること。患者はまな板の上の鯉で、クチバシを差し挟む余裕などありませんでした。
「ブント・セラピー」と呼ばれたこの医師の特権的構造にようやく社会の批判が集中し始めた頃でした。
★ 折から医療事故が続発し、”医原性”疾病の告発が次々と始まったということもあって、ようやく「患者本位の医療」などの世論が高まり、「インフォームド・コンセント」(患者への説明責任・同意)といった新しい医療開示制度が始まったばかりでした。しかし、当時のそれは「紙に書かれた文書上」のこと。ハンコを押すのを要求される程度で変化を実感することはありませんでした。
★ ところが、今、この病院に入院して、その「患者様」の(様)が、本当に実体を伴って大きく改善されている、ことに驚きました。 医師や看護師の方々の患者への応対は確かに変わってきています。
例えば、初めてお会いする医師、看護師の方々・・・それぞれ、めいめいに先ず自ら自分の名前を名乗り、これから何をするのか? 自分の仕事の担当範囲と役割をキチンと説明してくださる。これは大きな変化です。かつて感じた医療者独特の高圧的態度は完全に消えています。
看護師の方々の勤務は、常勤、夜勤、深夜の3交代制。驚くのは、勤務交代の度に、「○▼です。これから私が担当します」と必ず患者一人一人に挨拶して回られること。何時も笑顔いっぱいの明るい応対・・それはサービス業者の接客態度に近く、恐縮するほどでした。
★ 入院病棟に入った途端に、これまでの病院の雰囲気と違う、と感じました。ナース・ステーションに立ち寄って、初めて分かりました。看護師さんが誰も「白衣の天使」のシンボルだったあの看護帽を着けていないのです。白衣も軽快なデザインでスポーツ着のようです。これで医療者が醸し出していた一種独特の病院雰囲気が一掃された感じです。看護師たちは「患者(様)」の呼びかけに相応しく、患者と同じ生活者の場に降り立っていたのです。
★ 医師と看護師の関係も目に見えて変わっていました。一昔前までは医師と看護師の上下関係ははっきりしていて、患者の目にもそれは明らかに見えました。診療室に入って直ぐ気づくことは、その上下関係を感じることが無くなっていることです。医師と看護師の領域がはっきり分離され、平等に横並びになり、両者は医療従事者として協働関係にある、と、強い印象を受けました。
*************
★ 病室が決まり、ベッドに案内されて、先ず、要求されたのが手首に「ネームバンド」を着けること。
「銭本三千年 男 1930年7月19日生まれ 国立医療センター 00000000 と8ケタのID番号」
と書き込まれています。これも以前には無かったこと。
大きな医療事故が続発してテレビで
「申し訳ございません。2度と過ちを繰り返さない」
と病院長が最敬礼してお詫びをする姿が甦りました。
きっと、その約束を実行するため導入された改善の一つに違いありません。
★ 手渡された「お願い」には、「ネームバンド」の目的は
(1) 「患者様を正しく認識すること」
(2) 「病棟外でも患者様に不測の事態が発生した場合でも迅速にお名前を確認・対処」
との趣旨が、詳しく説明してありました。
★ 実際に入院生活をしてみますと、その必要性はよく分かります。
患者は24時間、医療と生活の二重楕円状空間に身を置くことになります。
その楕円の二つの中心は担当の医師と看護師。検査、治療、看護、食事・移動の日常生活動作補助などで患者に関わる職員は常時、入れ替わるチーム・リレー作業です。
患者の病状は一人一人大きく異なります。それをチームプレーで医療・看護する。その都度、名前確認は事故防止のため絶対に必要・不可欠です。
★ 入院中の氏名確認は、実に頻繁に、検査、診察、投薬・注射ごとに確実に行われました。
私は入院中、毎日、点滴を続けましたが、リンゲル液を交換するたびに看護師は、私の手首に巻いた「ネームバンド」の氏名とID番号を声をあげて照合・確認し、持参した薬液に付された票に間違いはないか確かめていました。
検査室に入っても、待ち受けた看護師は、先ず「ネームバンド」を確認し、「ぜにもとみちとしさんですね」と、声を出してダメ押ししてました。それは感心させられるほど徹底していました。
★ 入院した翌朝、午前9時頃、「入院療養計画書」なるものを貰いました。
★ これは、行き届いた配慮だと思いました。患者が一番、知りたいことを、入院翌日には文書にしていただける。
全く信じられないほど大きな変化です。このような情報開示があって初めて
「患者が納得し、意見を述べ、”参加する”医療が可能になる」
心強く思いました。
★ 病院の内部には各所にこの病院の理念、基本方針、患者さまへの約束などが掲げてあります。
一番、具体的なのは、「患者さまへの約束」5項目。患者さまは、
1.人格、価値観が尊重され、安全で良質の医療を公平に受けられます。
2.十分な説明と情報提供を受け、納得した上で治療方法などを自らの意思で選択出来ます。
3.ご自身の治療について他の医療機関の意見を求めることが出来ます。
4,個人情報については、秘密が守られ、保護されます。
5,自己の診療情報について、開示を求めることが出来ます。
読みながら、頷きます。各項目を担保する日常的実践がキチンと裏付けられていることに思い当たるからです。
*************
★ 医療・看護の実際も、手厚く、心のこもったものでした。
例えば、入院2日目、全身麻酔で内視鏡検査と発見された患部の治療を終え、熟睡した後、夜中に2度、目が覚めた。トイレに立ちました。トイレはナース・センターの先にある。深夜勤務の看護師は3人、それぞれが、会うたびに
「お通じは?」 と訊いてくれます。
「昨日、下剤ですっかり出し切ったばかり。その上、水一滴も口にしていないので、便意もありません」
と答えると、
「よかった。心配してましたよ」
一瞬、戸惑いました。??? 何か、会話が成立していないよう?。
★ 部屋に戻ってから、思いを巡らして、やっと気づきました。多分・・・。こういうことなのだろうな、と思います。
昨日の検査で問題の患部が見つかり、直ちに止血処置が施されました。それがキチンと出来ているか、どうか。担当医としては予後の出血の有無が一番、確認したい点ですね。
そこで看護師への申し渡し連絡簿に、それを確認するよう指示されたのでしょう。深夜勤務の看護師たちはそれを頭にたたき込んでいるので、私がトイレに立つ姿に注目し、状態を確認する声かけをしてくれたのでしょう。
★ ものを口にしない以上、「便意がない」のは正常。もし便意があるとすれば、出血があり、それが溜まっているから促すのですね。だから「便意がない」と言う私の答えに「よかった。心配してましたよ」の応対になったのです。その後、毎日、細かいことで、同じように看護師たちの暖かい「優しい眼差しのバトンタッチ・リレー」を感じながら、本当に快適な入院生活を送ることが出来ました。
*************
★ もう10年以上も前のことですが、特別養護老人ホームで痴呆性老人に「ネームバンド」を着けることが人権問題ではないか、との議論が行われたことがあります。これを持ち上げた”人権派”は、老人達を刑務所の囚人と同じ扱いをするな、と言うのです。多くの人が、「もっともだ」と、その所論に耳を傾けたものでした。
★ どのような施設であっても、そこに入所する以上、24時間、かなり徹底した「管理生活」は当然で、「管理」形態だけを取り上げて論議すれば、人権に抵触することも多々、あるでしょう。しかし、これを一律に問題にするのは的はずれと言うべきでしょう。そもそも同じ「管理生活」と言っても、病院と刑務所ではその必要性、目的、方法の全てが異なっています。
★ ”管理”の字面だけで無益な議論をする「人権派」は、ともかく一度、自ら病院に入院して体験した上で問題点を見つめ直してほしい、と願います。医療・看護それに介護は、基本的に個人生活への全面的な生活介入です。当然、人権侵害に抵触する危険をはらんでいます。しかし、医療・看護の必要から発生する”人権侵害”は、より大きな患者の人権内容である生命・健康を守るため必要・不可欠のもの。当然、禁止や制約、場合によっては身体拘束を伴います。それも敢えて”人権侵害”と言うのであれば、”免責される”合理的な、必要・不可欠の「人権侵害」と言うべきでしょう。この点は、しっかり実情に即して見極めてもらいたい、と願います。
*************
★ 入院生活の日課は、一応、午前6時起床、午前7時半朝食、午前8時半~9時診療・治療・検査、午後0時昼食、午後6時夕食、そして午後9時に消灯となっています。しかし、ナース・ステーションの前にある談話室は深夜12時まで開いており、そこで過ごすのは自由です。その後も希望すれば利用も可能。かなり自由に過ごせます。
★ 特に印象に残るのは、病室・居住空間の衛生維持です。病室は毎日、必ず消毒液を含ませたモップで徹底的に掃除されます。ベッドの柵も備え付けのスーツケースも、窓のサンも、およそ出っ張りのあるところは全てキレイに拭われます。
★ 私が入った病室は4人部屋でした。最初、入った日は私を含めて3人、いずれも高齢者ばかり。しかも重症の人はなく、その後僅か5日間に二人が入退院されました。ベッドが空くと同時にベッドを隅々まで消毒液を含ませたモップで徹底的に清めます。その徹底ぶりには驚きました。11年前、他の大学病院には2年半も入院し、入退院者の出入り状況を見てきましたが、当時は、ここまで清めることはありませんでした。これもやはり院内感染が大問題化して、その反省から行われた改善なのでしょうね。
★ さらに肝心なポイント。
食事の改善は、もう劇的な大変化と言っていいでしょう。
昔、体験した入院生活では、食事は苦痛そのものでした。専門の管理栄養士が病状ごとに計算された科学的合理性に富んだ給食は、医学的な理想食かも知れませんが絶対にそれは食事ではありませんでした。冷たく、干からびた食餌、エサそのものでした。今でも「病院食なんか食べていたらそれだけで病気になるよ」と言う人がいます。言われる通り、それは惨めなものでした。
★ しかし、この医療センターに限って言えば、給食は、実に心がこもった「食事」に大変貌を遂げています。私の場合は、お粥を主食に、副食は肉・魚・野菜の全てが刻み食という軟食事ですが、目の前で調理されたと同じ暖かさで看護師さんが運んで下さいます。どうしてみそ汁や粥がこんなに温かく食べるに最適の温度でベッドに運べるのか? それを不思議に思うほど行き届いた給食管理で、感動します。
★ 味付けもいいです。すべて薄味で、多分、それでは満足出来ない人のためでしょう。寿司の出前などに付いている醤油が付けてあります。しかし、それを必要としない、結構なお味です。実を言うと、これまでの入院生活では、毎日、掲示されるメニューを写し取って自宅に戻った老妻が家で調理した食事を毎日、病院に運んでくれたものでした。
今度の入院に際しても、「どうせ病院食。何とかするね」と心配していました。が、全く心配ご無用。質・量とも言うことなしの食事です。これは特筆すべき改善だと思いました。
★ このように病院側の医療改善への努力は大変なものです。「患者」→(様)の内実化への努力・・・それをヒシと感じ取りました。ここまでやって、どうして、マスコミで報道されるような医療事故が起こるのか? むしろそれをあやしむ気持ちを抱いて退院しました。 ただ今、無事に我が家に戻ってまいりました。心身爽快。消化器は軽快です。
「国立岡山医療センター」の皆さん、本当にありがとうございました。
(2006/12/25午後12時半記)
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======== 古希残照人生日々是好日 ========
「”内視鏡パック旅行”記」は5回連載です
【6350】 (1)==== 内視鏡・初体験 ====
【6351】 (2) ==== まな板の鯉の恨み節 =====
【6352】 (3)==== 思いめぐらす”五色鞠” ====
【6353】 (4)==== 病床で噛みしめる”宗教卒業”の幸い ====
【6354】 (5)==== 変貌遂げた”患者様”の病院 ====
★ 「いい病院ですね。ここは!」
見舞いに訪れた友人や家族の誰もが、医療器機や病室の設備を見て感嘆の声をあげます。岡山市内の北部、山陽自動車道沿いにあるこの病院は「独立行政法人・国立岡山医療センター」 数年前、市内から郊外のこの地に移転・新築されました。確かに患者にとっても「本当にいい病院ですよ。ここは」
退院記念に、この「いい病院」で体験した事を思い起こしながら心に残った事を記録しておきたいと思います。
★ 確かに凄い病院です。T字形の12階建て。内科、外科、産科など22診療科、それに放射線、内視鏡など検査関連4科を併設した総合病院です。我が家から車で僅かに30分。高齢の身には本当にありがたいことです。病室の窓下直下には山陽自動車道が走っているが、騒音はおろか音一つしない静寂さ。病院内は24時間、完全に空調で温度調節されており、豪華なトイレが各病室内にビルトインされていて居住感はホテル並みです。
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★ 記憶を入院初日に戻します。
手渡された入院関係資料は、すべて「入院患者様」と呼びかけ、入院後の心得まで「患者様」で”様”がいっぱい。一言一言の呼びかけにこれほど「”様”漬け」が必要か、と思うほど続いています。率直に言って、最初は、かなり違和感を感じました。「患者(様)」とは! 何か、ちょっと、とって付けたような、よそよそしい”慇懃無礼”な感じすらしました。
★ 私は、11年前、65歳の時に腎臓ガンで、岡山市内の別の国立大学病院へ100日間、入院したことがります。
当時は、手渡される文書は「患者は・・・ねばならない」と命令文でした。長い間、「餅は餅屋」の論法で、「患者にどのような医療を施すか」は専ら医師の裁量権に属すること。患者はまな板の上の鯉で、クチバシを差し挟む余裕などありませんでした。
「ブント・セラピー」と呼ばれたこの医師の特権的構造にようやく社会の批判が集中し始めた頃でした。
★ 折から医療事故が続発し、”医原性”疾病の告発が次々と始まったということもあって、ようやく「患者本位の医療」などの世論が高まり、「インフォームド・コンセント」(患者への説明責任・同意)といった新しい医療開示制度が始まったばかりでした。しかし、当時のそれは「紙に書かれた文書上」のこと。ハンコを押すのを要求される程度で変化を実感することはありませんでした。
★ ところが、今、この病院に入院して、その「患者様」の(様)が、本当に実体を伴って大きく改善されている、ことに驚きました。 医師や看護師の方々の患者への応対は確かに変わってきています。
例えば、初めてお会いする医師、看護師の方々・・・それぞれ、めいめいに先ず自ら自分の名前を名乗り、これから何をするのか? 自分の仕事の担当範囲と役割をキチンと説明してくださる。これは大きな変化です。かつて感じた医療者独特の高圧的態度は完全に消えています。
看護師の方々の勤務は、常勤、夜勤、深夜の3交代制。驚くのは、勤務交代の度に、「○▼です。これから私が担当します」と必ず患者一人一人に挨拶して回られること。何時も笑顔いっぱいの明るい応対・・それはサービス業者の接客態度に近く、恐縮するほどでした。
★ 入院病棟に入った途端に、これまでの病院の雰囲気と違う、と感じました。ナース・ステーションに立ち寄って、初めて分かりました。看護師さんが誰も「白衣の天使」のシンボルだったあの看護帽を着けていないのです。白衣も軽快なデザインでスポーツ着のようです。これで医療者が醸し出していた一種独特の病院雰囲気が一掃された感じです。看護師たちは「患者(様)」の呼びかけに相応しく、患者と同じ生活者の場に降り立っていたのです。
★ 医師と看護師の関係も目に見えて変わっていました。一昔前までは医師と看護師の上下関係ははっきりしていて、患者の目にもそれは明らかに見えました。診療室に入って直ぐ気づくことは、その上下関係を感じることが無くなっていることです。医師と看護師の領域がはっきり分離され、平等に横並びになり、両者は医療従事者として協働関係にある、と、強い印象を受けました。
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★ 病室が決まり、ベッドに案内されて、先ず、要求されたのが手首に「ネームバンド」を着けること。
「銭本三千年 男 1930年7月19日生まれ 国立医療センター 00000000 と8ケタのID番号」
と書き込まれています。これも以前には無かったこと。
大きな医療事故が続発してテレビで
「申し訳ございません。2度と過ちを繰り返さない」
と病院長が最敬礼してお詫びをする姿が甦りました。
きっと、その約束を実行するため導入された改善の一つに違いありません。
★ 手渡された「お願い」には、「ネームバンド」の目的は
(1) 「患者様を正しく認識すること」
(2) 「病棟外でも患者様に不測の事態が発生した場合でも迅速にお名前を確認・対処」
との趣旨が、詳しく説明してありました。
★ 実際に入院生活をしてみますと、その必要性はよく分かります。
患者は24時間、医療と生活の二重楕円状空間に身を置くことになります。
その楕円の二つの中心は担当の医師と看護師。検査、治療、看護、食事・移動の日常生活動作補助などで患者に関わる職員は常時、入れ替わるチーム・リレー作業です。
患者の病状は一人一人大きく異なります。それをチームプレーで医療・看護する。その都度、名前確認は事故防止のため絶対に必要・不可欠です。
★ 入院中の氏名確認は、実に頻繁に、検査、診察、投薬・注射ごとに確実に行われました。
私は入院中、毎日、点滴を続けましたが、リンゲル液を交換するたびに看護師は、私の手首に巻いた「ネームバンド」の氏名とID番号を声をあげて照合・確認し、持参した薬液に付された票に間違いはないか確かめていました。
検査室に入っても、待ち受けた看護師は、先ず「ネームバンド」を確認し、「ぜにもとみちとしさんですね」と、声を出してダメ押ししてました。それは感心させられるほど徹底していました。
★ 入院した翌朝、午前9時頃、「入院療養計画書」なるものを貰いました。
「推定入院期間」 約10日間程度
「現在考えられる病名」 下部消化管の憩室出血
「症状」 出血
「入院目的」 検査加療
そして、治療内容とこれからの治療予定の説明があります。
入院日に行った治療の説明・・・・
◎ 治療・処理は、「点滴」
◎ 実施検査は、「採血」 「レントゲン」 「心電図」 「大腸カメラ」
◎ 安静度は、「医師の指示で決まります。現在、移動は病棟内。
◎ 食事は、「絶食」 飲水はOK。
◎ 入浴は、医師の許可が必要。それまでは清拭
★ これは、行き届いた配慮だと思いました。患者が一番、知りたいことを、入院翌日には文書にしていただける。
全く信じられないほど大きな変化です。このような情報開示があって初めて
「患者が納得し、意見を述べ、”参加する”医療が可能になる」
心強く思いました。
★ 病院の内部には各所にこの病院の理念、基本方針、患者さまへの約束などが掲げてあります。
一番、具体的なのは、「患者さまへの約束」5項目。患者さまは、
1.人格、価値観が尊重され、安全で良質の医療を公平に受けられます。
2.十分な説明と情報提供を受け、納得した上で治療方法などを自らの意思で選択出来ます。
3.ご自身の治療について他の医療機関の意見を求めることが出来ます。
4,個人情報については、秘密が守られ、保護されます。
5,自己の診療情報について、開示を求めることが出来ます。
読みながら、頷きます。各項目を担保する日常的実践がキチンと裏付けられていることに思い当たるからです。
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★ 医療・看護の実際も、手厚く、心のこもったものでした。
例えば、入院2日目、全身麻酔で内視鏡検査と発見された患部の治療を終え、熟睡した後、夜中に2度、目が覚めた。トイレに立ちました。トイレはナース・センターの先にある。深夜勤務の看護師は3人、それぞれが、会うたびに
「お通じは?」 と訊いてくれます。
「昨日、下剤ですっかり出し切ったばかり。その上、水一滴も口にしていないので、便意もありません」
と答えると、
「よかった。心配してましたよ」
一瞬、戸惑いました。??? 何か、会話が成立していないよう?。
★ 部屋に戻ってから、思いを巡らして、やっと気づきました。多分・・・。こういうことなのだろうな、と思います。
昨日の検査で問題の患部が見つかり、直ちに止血処置が施されました。それがキチンと出来ているか、どうか。担当医としては予後の出血の有無が一番、確認したい点ですね。
そこで看護師への申し渡し連絡簿に、それを確認するよう指示されたのでしょう。深夜勤務の看護師たちはそれを頭にたたき込んでいるので、私がトイレに立つ姿に注目し、状態を確認する声かけをしてくれたのでしょう。
★ ものを口にしない以上、「便意がない」のは正常。もし便意があるとすれば、出血があり、それが溜まっているから促すのですね。だから「便意がない」と言う私の答えに「よかった。心配してましたよ」の応対になったのです。その後、毎日、細かいことで、同じように看護師たちの暖かい「優しい眼差しのバトンタッチ・リレー」を感じながら、本当に快適な入院生活を送ることが出来ました。
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★ もう10年以上も前のことですが、特別養護老人ホームで痴呆性老人に「ネームバンド」を着けることが人権問題ではないか、との議論が行われたことがあります。これを持ち上げた”人権派”は、老人達を刑務所の囚人と同じ扱いをするな、と言うのです。多くの人が、「もっともだ」と、その所論に耳を傾けたものでした。
★ どのような施設であっても、そこに入所する以上、24時間、かなり徹底した「管理生活」は当然で、「管理」形態だけを取り上げて論議すれば、人権に抵触することも多々、あるでしょう。しかし、これを一律に問題にするのは的はずれと言うべきでしょう。そもそも同じ「管理生活」と言っても、病院と刑務所ではその必要性、目的、方法の全てが異なっています。
★ ”管理”の字面だけで無益な議論をする「人権派」は、ともかく一度、自ら病院に入院して体験した上で問題点を見つめ直してほしい、と願います。医療・看護それに介護は、基本的に個人生活への全面的な生活介入です。当然、人権侵害に抵触する危険をはらんでいます。しかし、医療・看護の必要から発生する”人権侵害”は、より大きな患者の人権内容である生命・健康を守るため必要・不可欠のもの。当然、禁止や制約、場合によっては身体拘束を伴います。それも敢えて”人権侵害”と言うのであれば、”免責される”合理的な、必要・不可欠の「人権侵害」と言うべきでしょう。この点は、しっかり実情に即して見極めてもらいたい、と願います。
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★ 入院生活の日課は、一応、午前6時起床、午前7時半朝食、午前8時半~9時診療・治療・検査、午後0時昼食、午後6時夕食、そして午後9時に消灯となっています。しかし、ナース・ステーションの前にある談話室は深夜12時まで開いており、そこで過ごすのは自由です。その後も希望すれば利用も可能。かなり自由に過ごせます。
★ 特に印象に残るのは、病室・居住空間の衛生維持です。病室は毎日、必ず消毒液を含ませたモップで徹底的に掃除されます。ベッドの柵も備え付けのスーツケースも、窓のサンも、およそ出っ張りのあるところは全てキレイに拭われます。
★ 私が入った病室は4人部屋でした。最初、入った日は私を含めて3人、いずれも高齢者ばかり。しかも重症の人はなく、その後僅か5日間に二人が入退院されました。ベッドが空くと同時にベッドを隅々まで消毒液を含ませたモップで徹底的に清めます。その徹底ぶりには驚きました。11年前、他の大学病院には2年半も入院し、入退院者の出入り状況を見てきましたが、当時は、ここまで清めることはありませんでした。これもやはり院内感染が大問題化して、その反省から行われた改善なのでしょうね。
★ さらに肝心なポイント。
食事の改善は、もう劇的な大変化と言っていいでしょう。
昔、体験した入院生活では、食事は苦痛そのものでした。専門の管理栄養士が病状ごとに計算された科学的合理性に富んだ給食は、医学的な理想食かも知れませんが絶対にそれは食事ではありませんでした。冷たく、干からびた食餌、エサそのものでした。今でも「病院食なんか食べていたらそれだけで病気になるよ」と言う人がいます。言われる通り、それは惨めなものでした。
★ しかし、この医療センターに限って言えば、給食は、実に心がこもった「食事」に大変貌を遂げています。私の場合は、お粥を主食に、副食は肉・魚・野菜の全てが刻み食という軟食事ですが、目の前で調理されたと同じ暖かさで看護師さんが運んで下さいます。どうしてみそ汁や粥がこんなに温かく食べるに最適の温度でベッドに運べるのか? それを不思議に思うほど行き届いた給食管理で、感動します。
★ 味付けもいいです。すべて薄味で、多分、それでは満足出来ない人のためでしょう。寿司の出前などに付いている醤油が付けてあります。しかし、それを必要としない、結構なお味です。実を言うと、これまでの入院生活では、毎日、掲示されるメニューを写し取って自宅に戻った老妻が家で調理した食事を毎日、病院に運んでくれたものでした。
今度の入院に際しても、「どうせ病院食。何とかするね」と心配していました。が、全く心配ご無用。質・量とも言うことなしの食事です。これは特筆すべき改善だと思いました。
★ このように病院側の医療改善への努力は大変なものです。「患者」→(様)の内実化への努力・・・それをヒシと感じ取りました。ここまでやって、どうして、マスコミで報道されるような医療事故が起こるのか? むしろそれをあやしむ気持ちを抱いて退院しました。 ただ今、無事に我が家に戻ってまいりました。心身爽快。消化器は軽快です。
「国立岡山医療センター」の皆さん、本当にありがとうございました。
(2006/12/25午後12時半記)
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======== 古希残照人生日々是好日 ========
「”内視鏡パック旅行”記」は5回連載です
【6350】 (1)==== 内視鏡・初体験 ====
【6351】 (2) ==== まな板の鯉の恨み節 =====
【6352】 (3)==== 思いめぐらす”五色鞠” ====
【6353】 (4)==== 病床で噛みしめる”宗教卒業”の幸い ====
【6354】 (5)==== 変貌遂げた”患者様”の病院 ====
by zenmz
| 2006-12-25 12:23
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