2007年 02月 04日
【7077】 テレビにしないでと言ったはず・・・司馬遼太郎 |
★ ちょっと旧聞に属することを蒸し返して申し訳ないのですが、2週間ほど前に、このブログに《【7040】 不気味な「坂の上の雲」》という一文を公開し、司馬遼太郎さんのこの小説がNHKの超大型テレビドラマに制作され、再来年の秋から全13回、3年にわたる放映計画に大きな疑問を提起しました。
★ ご覧下さった「ふろふきだいこん」様が
《司馬遼太郎は、「この作品はミリタリズムと結びつけられるのが怖いから、映像化はしてほしくない」って言っていたはずです》
とのコメントを寄せてくださいました。この一行が、私に遠い昔の記憶を呼び起こしました。確かに、全く同じことを司馬さん自身がテレビで語っていたのを聞いたのを思い出したのです。でも、確認のしようもなく、そのまま過ごしてきました。
★ たまたま昨日、岡山市内に出かけることがあり、岡山県立図書館に立ち寄って調べてみました。これだけの司馬ブーム、どこかにあの”語り”の記録があるはず・・・テレビで見たのだから多分・・・と、日本放送出版会の刊行物をチェックし始めたら【NHKブックス】シリーズの中に「明治という国家」(上下)と「昭和という国家」の3冊が並んでいました。
パラパラと、ページをめくっていましたら・・・
★ その「昭和という国家」の第3章「帝国主義とソロバン勘定」の最初の部分に、
「これはちょっと余談になりますけれども・・・」
で始まる一節があります。
★ 司馬さんが、「この作品」といっているのは、「坂の上の雲」のことです。
記憶がどんどん甦ります。これは、私が未だ現役の新聞記者時代だった昭和末年、西暦で言いますと、1980年代の後年の数年間、司馬さんは、NHK教育テレビにしばしば出演して自分の文学を語られた、その記録集です。
私はかなり熱心な視聴者でした。
★ 文字にして、たった6行のこの言葉が鮮明に頭に残っているのは、多分、当時、大評判だった「坂の上の雲」を映画やテレビにしたくない、それは軍国主義を宣伝しているように誤解される、と言われたことが私の心に大きく響いたのだと思います。
巻末の解説によりますと、この「昭和という国家」という本は、昭和61(1986)年から、昭和62(1987)年にかけて断続的に12回、語った随想をまとめたものだそうです。ともかく、私のうろ覚えが正しかったことが確認できてホッとしました。
★ 先の一文を公開した私にとりましては、
《司馬さんが、「坂の上の雲」をテレビにしたくない、と強く望んでおられた》
ことの確認は非常に重要な意味を持っています。
原著者が「望んでいない、それはミリタリズムを鼓吹しているように誤解される」と、理由まで付してはっきり断られているのになぜ、今の時期にNHKがゴリ押ししてテレビ化するのか?
ともかく、あの世の司馬さんもお知りになりたいでしょう。NHKさん、教えてください。
★ ご覧下さった「ふろふきだいこん」様が
《司馬遼太郎は、「この作品はミリタリズムと結びつけられるのが怖いから、映像化はしてほしくない」って言っていたはずです》
とのコメントを寄せてくださいました。この一行が、私に遠い昔の記憶を呼び起こしました。確かに、全く同じことを司馬さん自身がテレビで語っていたのを聞いたのを思い出したのです。でも、確認のしようもなく、そのまま過ごしてきました。
★ たまたま昨日、岡山市内に出かけることがあり、岡山県立図書館に立ち寄って調べてみました。これだけの司馬ブーム、どこかにあの”語り”の記録があるはず・・・テレビで見たのだから多分・・・と、日本放送出版会の刊行物をチェックし始めたら【NHKブックス】シリーズの中に「明治という国家」(上下)と「昭和という国家」の3冊が並んでいました。
パラパラと、ページをめくっていましたら・・・
★ その「昭和という国家」の第3章「帝国主義とソロバン勘定」の最初の部分に、
「これはちょっと余談になりますけれども・・・」
で始まる一節があります。
この作品はなるべく映画とかテレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品であります。
うかつに翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりする恐れがありますからね。
私自身が誤解されるのはいいのですが、その誤解が弊害をもたらすかもしれないと考え、非常に用心しながら書いたものです。(48ページ4行目~9行目)
★ 司馬さんが、「この作品」といっているのは、「坂の上の雲」のことです。
記憶がどんどん甦ります。これは、私が未だ現役の新聞記者時代だった昭和末年、西暦で言いますと、1980年代の後年の数年間、司馬さんは、NHK教育テレビにしばしば出演して自分の文学を語られた、その記録集です。
私はかなり熱心な視聴者でした。
★ 文字にして、たった6行のこの言葉が鮮明に頭に残っているのは、多分、当時、大評判だった「坂の上の雲」を映画やテレビにしたくない、それは軍国主義を宣伝しているように誤解される、と言われたことが私の心に大きく響いたのだと思います。
巻末の解説によりますと、この「昭和という国家」という本は、昭和61(1986)年から、昭和62(1987)年にかけて断続的に12回、語った随想をまとめたものだそうです。ともかく、私のうろ覚えが正しかったことが確認できてホッとしました。
★ 先の一文を公開した私にとりましては、
《司馬さんが、「坂の上の雲」をテレビにしたくない、と強く望んでおられた》
ことの確認は非常に重要な意味を持っています。
原著者が「望んでいない、それはミリタリズムを鼓吹しているように誤解される」と、理由まで付してはっきり断られているのになぜ、今の時期にNHKがゴリ押ししてテレビ化するのか?
ともかく、あの世の司馬さんもお知りになりたいでしょう。NHKさん、教えてください。
by zenmz
| 2007-02-04 18:04
| 現代社会論