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【9073】 足踏みオルガン・・・小学72年生の学習・第10課
★ 土曜日は、唱歌の復習です。小学校唱歌や童謡を歌えば、記憶の奥で奏でる伴奏はオルガンの音ですね。音と同時に甦るのは、先生が足踏みしながら鳴らずオルガン。足で起こした風が袋に溜まって、鍵盤を押すと音が出てくる仕掛け。子ども心に本当に不思議に思い、”魔法の箱”に見えたものです。
★ 唱歌と言えば、なぜオルガン? 今日は、その疑問を解いてみたい、と思いました。同じ鍵盤を使うので、ピアノ、エレクトーン、キーボードは形も似ていて兄弟楽器のように思えますが、実は、コレ、みな系統が違う楽器ですね。 ★ ピアノは、鍵盤と連動したハンマーでピアノ線を叩いて音を出します。しかしエレクトーン、キーボードは電気がないとウンともスンとも言いません。オルガンは、送り込まれる風を鍵盤に連動した蓋を開く装置で笛の薄板を振動させて音を作ります。足踏みは風を起こす重要な働きをします。リード・オルガンは風がないと鳴らない。 ★ オルガンを前に、ジッと見つめるだけで、こんな想いが広がります。音楽の世界には、「楽器学」という学問があるそうです。それによりますと、世界中にある楽器は、体鳴楽器、膜鳴楽器、弦鳴楽器、気鳴楽器、電気楽器の5種類に分類できるのだそうです。 ★ 「体鳴」は、音源そのものが音を出す(”バチ”) 「膜鳴」は開口に幕を張って音を出す(太鼓) 「弦鳴」は弦をバチで打つ、指で弾く、弓で弾く(バイオリン) 「気鳴」は、空気振動を”管”で共鳴させて出る音(トロンペットなど管楽器全般) そして「電気」は、音の共鳴・増幅をすべて電気的に作り出す音(エレクトーンなど) ★ 楽器学の分類法で言えば、オルガンは「気鳴楽器」、ピアノは「「弦鳴楽器」です。おもしろいことに日本独特の雅楽器”笙”(しょう)は、オルガンの兄弟なのですね。 ”笙”→パンの笛→シリンクス→オカリナ→草笛→ハーモニカ→ピアニカ→リコーダー→アコーディオン→手回し自動演奏オルガン→パイプオルガン・・これ、全部、同族の”気鳴”族の兄弟姉妹ですね。管楽器は全部、従兄弟です。 ★ 明治維新直後の文明開化で、日本人が初めて西洋音楽の楽器に身近に接触したのは「足踏み・リードオルガン」でした。開国でまず来日したのがキリスト教宣教師。外国製リードオルガンを多数持ち込んで、宣教活動に使用しました。 ★ 同じ頃、小学校に「唱歌」教科を創設準備していた教育官僚、伊沢修二氏とお雇い外国人教師、メイソンが「唱歌」教育にこれを採用し、全国に広めました。こういうことから明治初期から昭和20年代まで、小学校の唱歌教育は「リード・オルガン」が主役になったようです。 ★ 西洋音楽の音階、平均律は、いまでこそ日本人の耳に親しいですが、それまでは音楽と言えば、琴・三味線。それしか知らない耳に平均律を馴染ませるのは大事業でした。その大事業を、実に短期間の間に全国民に定着させた。考えてみれば、これは驚嘆すべき一大文化大革命だった、と言うべきでしょう。 ★ 例えば今、日本がイスラム革命を起こして義務教育のすべてを、中近東音楽を主流とする音に変える・・・この仮定を考えれば、それが如何に難事業であったことか。容易に想像できますね。それを思えば、足踏みリード・オルガンが日本に平均律を定着させる上で、決定的な貢献をした楽器であったことを改めて評価出来ると思います。 ★ つまり、オルガンの”音”は、日本人の耳に心地よいものであったのでしょう。それは、ひょっとして、このようなことではなかったか? この先のハナシは、全く根拠のない私自身の想像です。 ★ 一つは、宣教師がオルガンで奏でた賛美歌は文明開化の高尚な教養として上層階級の人々の心を捉えました。また教会に集った信者も天界の聖歌として受け入れ脳裏の深奥に定着させました。多分、それは、長年、お寺で馴染んだ、声明・御詠歌の調べに似た音だったからに違いありません。賛美歌と声明・御詠歌は本当によく似ています。般若心経とグレゴリオ・チャント。私の中ではピタリ、一致します。 ★ 小学校唱歌に日本古曲の「越天楽今様」が採用されていることから想うのですが、オルガンの”音”は、雅楽の「笙」(しょう)と親和性が高いですね。宮廷舞曲・雅楽を天界の聖歌と崇めてきた耳にオルガンの音は”よきもの”として日本人は受け入れたのかもしれません。 ★ 私は、この仮説が成り立つか、どうか、幾つかの音楽史で調べてみました。当たらずとも遠からずで、私の推測はかないりいセンをいってます。例えば、伊沢修二氏が最初の『小学校唱歌』に日本本来の音階を用いた曲8曲を取り入れたのは雅楽を重視したため、と言うことが指摘されています。オルガンでなければ、その発想は出てこなかったでしょう。 ★ 昭和の12年、私は、就学前の健康診断で小児結核と診断され、「児童院」と呼ばれた小児結核患者の病院に強制隔離され、就学を1年延期されました。その時、父は、私の慰めに「ベビーオルガン」を買ってくれました。39鍵の超小型(写真)でしたが、これが明治末期の小学校で活躍したオルガンでした。★ 私がオルガンを手にしたのは、6歳の時。ただ、単音でメロディーを探り弾きして楽しむだけでしたが、それでも、当時、未だ子どもには「高価なもの」と思われていたハーモニカより格段に高い贅沢品でした。一サラリーマンだった父の愛を偲びます。 (写真は、その現物ではありません。同じモノの見本です) ★ 国産オルガンが誕生したのは、外国の輸入品がどんどん故障し、それを修理しながら腕をあげた山葉寅楠という人が、初めて国産化に成功し、西洋音楽の楽器製造業が誕生しました。 ★ 記録は、「山葉寅楠は、元々、時計修理工であったが、明治20年(1887年)に浜松尋常小学校でアメリカ製オルガンの修理を手がけたのがキッカケで、その構造を学び、翌年1888年に日本最初の本格的オルガンの製造に成功し、明治22年(1889年)に合資会社山葉風琴製造所を設立した」とあります。現在のヤマハ株式会社ですね。 ★ 全国の小学校は、安価な国産品を求めるようになり、長尾芳蔵の長尾オルガン、 西川虎吉の西川オルガン、池内甚三郎の池内オルガン、石原久之祐の石原オルガン、松本新吉の松本オルガンなどの名品が開発されました。 ★ 現在、健在なカワイオルガンは、かなり新しく、昭和期になってから成長しました。今、我が家にあるリード・オルガンは、カワイ・オルガンの戦後の製造品です。こうして、歴史を辿ると、この一品も貴重な庶民文化財ですね。 ★ ただ調律もせず、長年、放置されていたこの古いオルガン。元々、廃棄処分したい、と仰るかたからもらい受けたものですが、何とか”健康な”楽器に戻したい、と、修理見積もりをして貰ったら・・・運送費別で20万円。やめました。私同然、ポンコツのままで辛抱いたしましょう。 古いモノを大切に・・・その理想実行には莫大なオカネを必要とすることが、よく分かりました。 【注】 シリーズ「小学72年生」のバックナンバー一覧 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ** ご挨拶 ** ブログ【傘寿を生きるロマン日記】公開に当たって 私のネット生活に寄せる想いです。ご理解賜りたくご一読をお願い申し上げます。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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★ 昭和の12年、私は、就学前の健康診断で小児結核と診断され、「児童院」と呼ばれた小児結核患者の病院に強制隔離され、就学を1年延期されました。その時、父は、私の慰めに「ベビーオルガン」を買ってくれました。39鍵の超小型(写真)でしたが、これが明治末期の小学校で活躍したオルガンでした。
★ 現在、健在なカワイオルガンは、かなり新しく、昭和期になってから成長しました。今、我が家にあるリード・オルガンは、カワイ・オルガンの戦後の製造品です。