2006年 11月 04日
【6300】 白川静先生を偲ぶ |
★ 折もおり、「文化の日」に白川静先生ご逝去を知りました。先月30日に亡くなられ、すでに近親者だけで葬儀が行われて三日経ちマスコミに知れ渡りました。研究一筋、およそ世事に無関心であった先生に相応しい終焉を懐(おも)います。
★ 《懐》う・・今の我が気持ち。
先生は、こう教えておられます。
「思・想・憶・念・懷(懐)はいずれも”おもう”と読む。意味の違いは・・・」
★ 先生は、稀に見るホンモノの学究の人でした。【碩学】と聞けば、先ず白川先生を想います。福井市に生まれましたが、10代の頃、大阪の代議士の秘書になったのですが、演説草稿を作っているうちに古典に親しみ、そこから古代日本王朝の成立や、それに大きな影響を与えた中国古代史へと進み、遂に最古の字書『説文解字』に出会い、漢字の源研究に没頭されました。
★ 晩年、自らの人生を振り返り見た「回思九十年」(平凡社)の中で、「知識はすべて疑うことから始まる。疑うことがなくては、本当の知識は得がたい」と、述懐しておられます。その意味は深く、重いですね。当時は、誰も疑うことのなかった『説文解字』に多くの誤りがあることに気づいた先生は、甲骨文、金文の研究に没頭し、漢字の成り立ち、誕生を解き明かされました。
★ 金科玉条とされていた『説文解字』を全面的に再吟味した数十年にわたる研究成果を『字統』にまとめ、更に日本人が漢字をどう読んだかを集大成した『字訓』 続いて独自の漢和辞典『字通』を出版されて、この3著は「字書3部作」と呼ばれる大著なりました。
実に73歳で構想、執筆を開始され、完成したのは86歳の時でした。
★ 白川先生のご著書を読んだ経験を持つ人は、誰でも納得されると思いますが、先生の書かれた文章は、実に濃密です。一語一節、噛みしめて読まねば前に進まず、普通の文章の数行あるいは数十行に相当する奥行きを感じさせます。作家・宮城谷昌光さんも「先生の書物の一語から千枚の小説が書ける」と絶賛しています。
★ 現役記者時代、私も一度、仕事でお目にかかったことがあります。誠に研究一筋、謹厳実直、一見、気むずかしい頑固老人を思わせます。が、実は、自他共に認める愛妻家なのです。妻を語れば童顔に戻ります。先生は「歌日記」をつけておられました。その中にしばしば、登場するのが奥様。先生の限りない愛情をお伝えするには次の2首だけで十分でしょう。
★ この奥様は先生より2年早く先立たれましたが、共に90歳を超えるまでご一緒だったことは、先生ご夫妻にとって何よりの幸せであったことだろうと、《想》います。
★ 享年96歳。先生が生きられた時代の一世紀を思い起こしています。
それは、国家が伝統文化を破壊した愚かな時代でした。
敗戦で軍国主義一掃と、科学偏重の物質文明指向を掲げて文字の能率化を大義名分に掲げて、国語・国字の大改革を断行しました。多くの文字を抹殺し、かろうじて生き残った文字は”整形手術”。漢字の故郷・中国でも共産革命と同時に愚かな簡体字へ。漢字文化の世界は伝統破壊を起こし、心を失いました。
★ 「外科的整形を受けた誤り多い字形で使用を強制される」”死せる”漢字、と、先生は、強い怒りをぶちまけてこられました。そして、抹殺され、死語化した漢字に言霊の息吹を吹きかけて甦らせるお仕事をなさったのです。晩年、先生は、市民講座に力を注がれるようになりました。
★ 「漢字は人という字をたった二画で描く……もう少し寝かせた姿勢では死んだ人になって、つっかい棒をつけると久しいという字になる。これを箱の中に入れると”柩”になる……このようにして、一点一画で、世界が変わるぐらいの表現ができるのです」
国の愚策で、無惨にも抹殺された言葉と漢字を庶民一人一人に呼びかけて、言霊の命を吹き込まれて来ました。
★ 先生が一番、好まれた漢字は「遊」。
「ここには絶対の自由と豊かな創造の世界がある。これは、人が氏族霊の宿る旗を掲げて遠出する形です。人間の自由と、それが生み出す創造の力が湧き出る空間です」
★ 先生のお名前「静」の漢字にも、深い意味がありました。
「農耕具のすきを清めて虫害を祓う儀式を表す。耕作の寧静をうることができるとされたのであろう」(『字通』)
思わず、微笑みます。言霊を甦らせる先生の耕作には、文化破壊に手をかした曲学阿世のご用学者が虫害のごとく群がっていたことを想起させます。でも直ぐ、真顔に戻りました。それは、すべて先生の前に立ちはだかった「抵抗勢力」だったのです。
★ ご逝去の報に接し、改めて、白川先生の偉業を再認識させていただいた感がします。ご冥福をお祈りすると、共に、先生によって命を甦らせられた多くの言葉を、これからも一語一語、学ばせていただき、先人の語りかける言霊に耳を傾けて参ります。
白川先生、本当に素晴らしい得難い遺産をありがとうございました。
★ 《懐》う・・今の我が気持ち。
先生は、こう教えておられます。
「思・想・憶・念・懷(懐)はいずれも”おもう”と読む。意味の違いは・・・」
【思】 おもいわずらうこと《念》えば、現役記者時代、どれだけ先生の『字書』を拝借したことか! 改めて、その学恩に感謝の念を深めます。
【想】 目の前にいないが心におもい浮かべること
【憶】 おもい出すこと
【念】 心に深くおもうこと
【懷】 死者に涙すること
★ 先生は、稀に見るホンモノの学究の人でした。【碩学】と聞けば、先ず白川先生を想います。福井市に生まれましたが、10代の頃、大阪の代議士の秘書になったのですが、演説草稿を作っているうちに古典に親しみ、そこから古代日本王朝の成立や、それに大きな影響を与えた中国古代史へと進み、遂に最古の字書『説文解字』に出会い、漢字の源研究に没頭されました。
★ 晩年、自らの人生を振り返り見た「回思九十年」(平凡社)の中で、「知識はすべて疑うことから始まる。疑うことがなくては、本当の知識は得がたい」と、述懐しておられます。その意味は深く、重いですね。当時は、誰も疑うことのなかった『説文解字』に多くの誤りがあることに気づいた先生は、甲骨文、金文の研究に没頭し、漢字の成り立ち、誕生を解き明かされました。
★ 金科玉条とされていた『説文解字』を全面的に再吟味した数十年にわたる研究成果を『字統』にまとめ、更に日本人が漢字をどう読んだかを集大成した『字訓』 続いて独自の漢和辞典『字通』を出版されて、この3著は「字書3部作」と呼ばれる大著なりました。
実に73歳で構想、執筆を開始され、完成したのは86歳の時でした。
★ 白川先生のご著書を読んだ経験を持つ人は、誰でも納得されると思いますが、先生の書かれた文章は、実に濃密です。一語一節、噛みしめて読まねば前に進まず、普通の文章の数行あるいは数十行に相当する奥行きを感じさせます。作家・宮城谷昌光さんも「先生の書物の一語から千枚の小説が書ける」と絶賛しています。
★ 現役記者時代、私も一度、仕事でお目にかかったことがあります。誠に研究一筋、謹厳実直、一見、気むずかしい頑固老人を思わせます。が、実は、自他共に認める愛妻家なのです。妻を語れば童顔に戻ります。先生は「歌日記」をつけておられました。その中にしばしば、登場するのが奥様。先生の限りない愛情をお伝えするには次の2首だけで十分でしょう。
★ この奥様は先生より2年早く先立たれましたが、共に90歳を超えるまでご一緒だったことは、先生ご夫妻にとって何よりの幸せであったことだろうと、《想》います。
「我は袴 君は帯高く結ひ上げて大和路の春を歩みいたりけり」
「桂東に十年篭もりゐて三部作の字書は成りたり君よ先づ見よ」
★ 享年96歳。先生が生きられた時代の一世紀を思い起こしています。
それは、国家が伝統文化を破壊した愚かな時代でした。
敗戦で軍国主義一掃と、科学偏重の物質文明指向を掲げて文字の能率化を大義名分に掲げて、国語・国字の大改革を断行しました。多くの文字を抹殺し、かろうじて生き残った文字は”整形手術”。漢字の故郷・中国でも共産革命と同時に愚かな簡体字へ。漢字文化の世界は伝統破壊を起こし、心を失いました。
★ 「外科的整形を受けた誤り多い字形で使用を強制される」”死せる”漢字、と、先生は、強い怒りをぶちまけてこられました。そして、抹殺され、死語化した漢字に言霊の息吹を吹きかけて甦らせるお仕事をなさったのです。晩年、先生は、市民講座に力を注がれるようになりました。
★ 「漢字は人という字をたった二画で描く……もう少し寝かせた姿勢では死んだ人になって、つっかい棒をつけると久しいという字になる。これを箱の中に入れると”柩”になる……このようにして、一点一画で、世界が変わるぐらいの表現ができるのです」
国の愚策で、無惨にも抹殺された言葉と漢字を庶民一人一人に呼びかけて、言霊の命を吹き込まれて来ました。
★ 先生が一番、好まれた漢字は「遊」。
「ここには絶対の自由と豊かな創造の世界がある。これは、人が氏族霊の宿る旗を掲げて遠出する形です。人間の自由と、それが生み出す創造の力が湧き出る空間です」
★ 先生のお名前「静」の漢字にも、深い意味がありました。
「農耕具のすきを清めて虫害を祓う儀式を表す。耕作の寧静をうることができるとされたのであろう」(『字通』)
思わず、微笑みます。言霊を甦らせる先生の耕作には、文化破壊に手をかした曲学阿世のご用学者が虫害のごとく群がっていたことを想起させます。でも直ぐ、真顔に戻りました。それは、すべて先生の前に立ちはだかった「抵抗勢力」だったのです。
★ ご逝去の報に接し、改めて、白川先生の偉業を再認識させていただいた感がします。ご冥福をお祈りすると、共に、先生によって命を甦らせられた多くの言葉を、これからも一語一語、学ばせていただき、先人の語りかける言霊に耳を傾けて参ります。
白川先生、本当に素晴らしい得難い遺産をありがとうございました。
by zenmz
| 2006-11-04 10:11
| 言霊