2008年 05月 31日
【8067】 孫離れ・・ジジ・ババの試練 |
★ くつろいだ会話の輪の中に入ると、よく訊ねられるのが、「老後の楽しみって何ですか?」 ただ聞き役だけで黙っている私に発言を促す”思いやり”質問が向けられます。
「それは孫の育ちを見ることです。すくすく育っている、それが一番ですが、それだけではない。喜怒哀楽、良きにつけ、悪しきにつけても孫のコトが一番」
★ 日本人は孫自慢を疎んずる傾向が強いですね。日本だけでなく、中国、韓国に共通する文化のようで、儒教以外の文化圏ではむしろ逆だと思います。私の知っている西洋人やイラン人の家庭では、子・孫自慢が普通で、それも必要以上に褒めちぎる傾向さえあります。
★ 私は、社会的規範には全く無頓着。ともかく孫大好きバカ爺さんで、「お孫さんは?」などと訊ねられると、待ってました、とばかりにまくし立てます。
★ 孫は、合わせて五人いますが、全員、大学生。上の二人が大学院生で、下三人が学部生です。みんないい子、時々、これは? と思うこともありますが、「それは、親のセイかも・・・」 悪い所は”親の遺伝” 良い所は、”爺ちゃんの隔世遺伝”と決め込んでいます。
★ 男の子が4人、紅一点は法科大学院で法曹界入りを目指して勉強中です。盆・暮れに孫たちに会えば、一言、説教して「コレはオマエたちに与える爺ちゃんの遺言である」などと自覚を促すのですが、男の子がそろって神妙でも、この小娘は直ちに言い返します。 「オジイチャン、遺言って、遺言者が”死んだら”効力を発するのご存じ?」
★ 勉強しているはずの「法学」も方角違いかも・・・? と、時には心配するほど、奇妙な”法理”を駆使して爺の話をどんでん返しして楽しむ厄介なところがあります。
が、まあしかし、やはり孫娘が、何といっても一番、可愛いですね。
★ 私の書斎には、孫たちの育ちの過程で「オジイチャンに」と寄せられたいくつかの書画作品が飾ってあります。中でも目立つのが入り口の壁いっぱいに貼り付けたカラー・パネル。これは一番上の孫、長男の長男の修士論文で、初めて学会発表した時の記念です。
★ この孫は、ウナギの研究をしています。今春、博士課程に進学しました。毎年、研究調査船に乗り組んでマリアナ海域で調査研究をしており、今年も今、海上生活をしています。出発に先立ち、「オジイチャン、リスペークト」(お爺ちゃんに敬意を)と岡山へ訪ねてきました。学会発表を、そのまま私に再現して見せたい、というのです。
★ 眼前に広げられたパネルの演題は
「ウナギ仔魚輸送に関する北赤道海流域における海洋構造の季節的・経年的変動について」
★ では論文要旨の発表を
「ちょっと待て! その辺は、もういい、さっぱりワカラン。結論を」
★ 「オジイチャン、冴えてるネ、ばっちり。リスペークト!」 目が笑っています。
そして「ウナギは本当に神秘な魚。どこで卵を産み、仔魚は何を食べて育ち、どうして日本列島海域に上ってくるのか? 未だ決定的なことは、何も分かっていない」と、コメントしました。
★ それにしても、面白いですね。聞いての私の感想は、「ウナギの成育歴と台風の発達・進路は全く同じ。”沸き出す”海域も、その後、辿る移動進路も、マリアナ群島に始まり、黒潮に乗って日本に来る。この視点も参考にすべきではないか」
何の根拠もない話ですが、どちらも地球規模の気象と関係しているのは確かでしょう。
★ 「それで、オマエが何か、役に立ってるのか?」
「まあ、研究はちょっと横に置いて、調査参加者の為には十分、尽くしてるヨ。食材の魚を確保するのは、調査船随一の釣り師であるボクの役割。新鮮な食材確保の功績だけは、教授以下全員が認めてくれています。」
★ 小学生時代からの釣り師、その腕は確かです。それに学部生時代は、カッター部で鍛えた体力の持ち主です。海上調査生活、それこそ”水を得た魚”そのものの生活です。パネルを眺めながら、想い出す交わした会話は、未だ新鮮に耳に残っています。
★ この孫も、もう24歳。 「そろそろ、私たちも、孫離れせんとネ」
妻が、時折、自らに言い聞かせるように、それを口にするようになりました。多分、それは、非常に重要な指摘かもしれません。
でも・・・「可愛いじゃないかネ。修士論文をオジイチャンに、と持って来る」
★ その先を読んだかのように妻は、ピシャリ、と、言い返して釘を刺しました。
「お小遣いは絶対にダメよ。もうあの子は24歳。私たちにお小遣いを持ってくる立場なんだから・・・自立精神を自覚させねば・・・甘えさせてはダメ」
痛いところをズバリ、刺されました。孫離れ・・・重い課題です。
** ご挨拶 ** ブログ【彷徨人生・・・喜寿から傘寿へ】公開に当たって
「それは孫の育ちを見ることです。すくすく育っている、それが一番ですが、それだけではない。喜怒哀楽、良きにつけ、悪しきにつけても孫のコトが一番」
★ 日本人は孫自慢を疎んずる傾向が強いですね。日本だけでなく、中国、韓国に共通する文化のようで、儒教以外の文化圏ではむしろ逆だと思います。私の知っている西洋人やイラン人の家庭では、子・孫自慢が普通で、それも必要以上に褒めちぎる傾向さえあります。
★ 私は、社会的規範には全く無頓着。ともかく孫大好きバカ爺さんで、「お孫さんは?」などと訊ねられると、待ってました、とばかりにまくし立てます。
★ 孫は、合わせて五人いますが、全員、大学生。上の二人が大学院生で、下三人が学部生です。みんないい子、時々、これは? と思うこともありますが、「それは、親のセイかも・・・」 悪い所は”親の遺伝” 良い所は、”爺ちゃんの隔世遺伝”と決め込んでいます。
★ 男の子が4人、紅一点は法科大学院で法曹界入りを目指して勉強中です。盆・暮れに孫たちに会えば、一言、説教して「コレはオマエたちに与える爺ちゃんの遺言である」などと自覚を促すのですが、男の子がそろって神妙でも、この小娘は直ちに言い返します。 「オジイチャン、遺言って、遺言者が”死んだら”効力を発するのご存じ?」
★ 勉強しているはずの「法学」も方角違いかも・・・? と、時には心配するほど、奇妙な”法理”を駆使して爺の話をどんでん返しして楽しむ厄介なところがあります。
が、まあしかし、やはり孫娘が、何といっても一番、可愛いですね。
★ 私の書斎には、孫たちの育ちの過程で「オジイチャンに」と寄せられたいくつかの書画作品が飾ってあります。中でも目立つのが入り口の壁いっぱいに貼り付けたカラー・パネル。これは一番上の孫、長男の長男の修士論文で、初めて学会発表した時の記念です。
★ この孫は、ウナギの研究をしています。今春、博士課程に進学しました。毎年、研究調査船に乗り組んでマリアナ海域で調査研究をしており、今年も今、海上生活をしています。出発に先立ち、「オジイチャン、リスペークト」(お爺ちゃんに敬意を)と岡山へ訪ねてきました。学会発表を、そのまま私に再現して見せたい、というのです。
★ 眼前に広げられたパネルの演題は
「ウナギ仔魚輸送に関する北赤道海流域における海洋構造の季節的・経年的変動について」
★ では論文要旨の発表を
ウナギの産卵場は、北赤道海流中の塩分フロントの南側である、と推定されています。仔魚は北赤道海流によって西方に輸送され、その後はフィリピン東岸で分岐した黒潮に乗り換え、分布域である東アジアに輸送されます
この分布を、NEC-Bifurcation といいますが、塩分フロントとともに仔魚輸送に関わる環境因子として非常に重要であります。★ 「オジイチャン、分かるカナ? 続けていいですか?」 「大丈夫。分かる」
本研究では、この二つの海洋環境の季節的・経年的変動を明らかにし、仔魚輸送に及ぼす影響を調べました
それで・・・・調査結果の分析ですが、まずNEC-Bifurcation緯度の変動は、この図の通り、(意味不明) 続いて種子島「シラスウナギのCPUE」 ナントカカントカ(???これ日本語か?) そして仔魚分布構造は・・・・
「ちょっと待て! その辺は、もういい、さっぱりワカラン。結論を」
研究的には、この調査結果の分析が一番、大事なんだケド・・・
ではご要望に従いまして、結論に。先ずエルニーニョ時には塩分フロント位置が南下し、その水平勾配が減少することとNEC-Bifurcation緯度が北上することが明らかになりました
次に粒子追跡数値シミュレーションを行った結果、エルニーニョ時に黒潮に取り込まれる仔魚数が減少したことが判明しました。★ 「要するにウナギは北赤道海域で産卵することが分かっているが、その仔魚がどのように生育し、なぜ、数に増減が生じるのか? なぜ、日本沿岸にやってくるのか? 移動の要因は? それを調べたら、「塩分フロント」 「NEC-Bifurcation緯度」という二つの要因が決定的意味を持つ、ということが分かった。そういう理解でいいのかネ?」
この二つの海洋環境変化が要因となってエルニーニョ時のシラス加入量を減少させている、と考えられます
★ 「オジイチャン、冴えてるネ、ばっちり。リスペークト!」 目が笑っています。
そして「ウナギは本当に神秘な魚。どこで卵を産み、仔魚は何を食べて育ち、どうして日本列島海域に上ってくるのか? 未だ決定的なことは、何も分かっていない」と、コメントしました。
★ それにしても、面白いですね。聞いての私の感想は、「ウナギの成育歴と台風の発達・進路は全く同じ。”沸き出す”海域も、その後、辿る移動進路も、マリアナ群島に始まり、黒潮に乗って日本に来る。この視点も参考にすべきではないか」
何の根拠もない話ですが、どちらも地球規模の気象と関係しているのは確かでしょう。
★ 「それで、オマエが何か、役に立ってるのか?」
「まあ、研究はちょっと横に置いて、調査参加者の為には十分、尽くしてるヨ。食材の魚を確保するのは、調査船随一の釣り師であるボクの役割。新鮮な食材確保の功績だけは、教授以下全員が認めてくれています。」
★ 小学生時代からの釣り師、その腕は確かです。それに学部生時代は、カッター部で鍛えた体力の持ち主です。海上調査生活、それこそ”水を得た魚”そのものの生活です。パネルを眺めながら、想い出す交わした会話は、未だ新鮮に耳に残っています。
★ この孫も、もう24歳。 「そろそろ、私たちも、孫離れせんとネ」
妻が、時折、自らに言い聞かせるように、それを口にするようになりました。多分、それは、非常に重要な指摘かもしれません。
でも・・・「可愛いじゃないかネ。修士論文をオジイチャンに、と持って来る」
★ その先を読んだかのように妻は、ピシャリ、と、言い返して釘を刺しました。
「お小遣いは絶対にダメよ。もうあの子は24歳。私たちにお小遣いを持ってくる立場なんだから・・・自立精神を自覚させねば・・・甘えさせてはダメ」
痛いところをズバリ、刺されました。孫離れ・・・重い課題です。
** ご挨拶 ** ブログ【彷徨人生・・・喜寿から傘寿へ】公開に当たって
by zenmz
| 2008-05-31 11:09
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